恋路ヶ浜LOVEストーリー

伊良湖岬の先端にある雄大な浜辺には、万葉の時代から恋にまつわる様々な伝説があった。
その浜はいつしか「恋路ヶ浜」と呼ばれるようになった。
現代の恋路ヶ浜に舞い降りた、ある男女の縁結びの物語・・・

第18話「ナギの木・イチョウの木 ~ Shunpei ~」

伊良湖小学校のすぐ近くに第一の鳥居があり、そのそばを通って、車でさらに進む。
「鳥居や社殿の配置など、伊勢神宮にならって建てられとるだよ」
お父さんの説明を受けつつ、車を降り、まずは手を浄めて、みんなで歩いてご神体の岩と白馬像の祠を正面に見た後、
左側に曲がると、お父さんが「これだよ、これ!」とナギの木を教えてくれた。

伊良湖神社ナギの木

ナギの木「ナギは、この地域にあった植物じゃなくて、どうも、熊野や南紀辺りからいただいてきた木が元らしいよ。
熊野の方では、ナギの木をご神木とする神社も多いそうで。こっちがオスの木で、こっちがメスね。
葉っぱがほら、縦には裂けるんだけど、横にはなかなか切れんくて、力のある人でも切れんから、
『弁慶泣かせ』とも言われとるだよ。
これだけ切れんってことで、『縁が切れない』縁結びの木とされとるらしいね」
ぼくも志寿香もお父さんから受け取り、左右に引っ張って切ってみようとしたけれど、
小さな葉っぱなのにとても強い。

「ナギの木なんて、初めて知った」と、美奈さんも感心している。
みんなでゆっくり歩いて石段を上がると、豊かな緑を背景に、右手と左手にお社がある。
お父さんの誘導で左側に歩を進めると、鳥居とその背後に本殿が見えた。

鳥居本殿

鳥居をくぐって本殿に向かう。 
想像以上に立派な造りだった。確かに伊勢神宮の正宮に似ている。敷き詰められた丸石も美しい。
古めかしくて、落ち着いた趣。清らかで静謐な空気感。
お父さんに教えてもらいながら、みんなで参拝する。
ぼくは志寿香との幸せや、双方の家族の幸せを祈った。
正月に大賑わいとなる大きな神社くらいしか知らなかったが、
伊良湖神社は豊かな自然の中に佇んでいて、本当に神様や精霊がいそうな気がする。

周辺を散策しながら車に戻ると、
「せっかくの若いカップル二組に、お寺の不思議なイチョウもご案内しましょう」
と、お父さんが楽しげに言って、すぐ近くの円通院というお寺に連れて行ってくれた。
境内の、お寺に向かって右側にあるイチョウの木をお父さんが示して、
「このイチョウの木は、オスとメスの木、二本が一本になったらしいんだよ」
と言った。

イチョウ

見ると本当に、上の方は二本なのに、根本に向かって一本になっている。
「一本が二本になったんじゃなくて、二本が一本になったっておしょうさんが言っとった。
オスとメスが添い遂げる、縁起のいい木らしいよ~」

人工的な縁結びのスポットは色々あるけど、
神社のナギの木からも、お寺のイチョウの木からも本物の力を感じる。
「伊良湖ってすごいなあ」と志寿香が言い、「すごいねえ」と美奈さんも微笑む。
お父さんや幸洋さんにとっては、昔から育ってきた場所で
自然に受けとめていることが多いだろうけれど、
ぼくたちにとっては、新鮮な驚きばかりだった。

粕谷家で幸洋さんと話した時にも思ったけれど、海に囲まれた校区内に絶景スポットがいくつもあるなんて素晴らしい。
お父さんにしても、幸洋さんにしても、地域への愛情や責任感を感じる。
自然や神社やお祭りなど、生まれる前からあるものを守っていきたい気持ちが、ぼくにも少なからずわかる気がした。

日原いずみ

日原いずみ

1973年2月4日、愛知県渥美町(現 田原市)生まれ
早稲田大学卒業後、テレビ番組のAD、現代美術作家助手などを経て、
処女小説が講談社「群像」新人文学賞で最終候補作となったのを機に執筆活動を中心としている。
著書に『チョコレート色のほおずき』(藤村昌代名義:作品社)、『赤土に咲くダリア』(ポプラ社)がある。

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