恋路ヶ浜LOVEストーリー

伊良湖岬の先端にある雄大な浜辺には、万葉の時代から恋にまつわる様々な伝説があった。
その浜はいつしか「恋路ヶ浜」と呼ばれるようになった。
現代の恋路ヶ浜に舞い降りた、ある男女の縁結びの物語・・・

第9話「永遠の鐘・しあわせの鍵・クローバー ~ Shizuka ~」

朝起きて、モロヘイヤやオクラやきゅうりをとりに行き、それを使ってみんなで朝食を作った。

どれも新鮮でピンピンしていて、まるで野菜のお刺身。
手作り味噌のお味噌汁と、みんなで作ったお米。細胞が元気になっていくような朝ご飯。
午前中はまた畑仕事を手伝い、午後からはHappinessあつみの周辺でダラダラと過ごし、
暑い時間が過ぎてから、陽三さんに言われた鐘やクローバーのスポットに行ってみることにした。

峻平くんが調べた情報によると、最初は『幸せの鐘』がかけてあったけれど、
田原市と友好都市の関係にある長野県の宮田村の『永遠の鐘』と交換会が行われ、今の鐘におさまっているらしい。
昨日、陽三さんが名前を迷ったのにはそれなりの背景があったのだ。
「永遠の幸せを願った、とわの鐘だって!」と峻平くんが笑った。

車に乗り、今日は太平洋側から恋路ヶ浜を目指す。
峻平くんが初めて東京からやってきた時にたどった道。
日出の石門を左手に見ながらぐーんと坂道を上り、海と伊良湖岬の先端が見下ろせた時には感動した。
東京出身の峻平くんが、ここに住み続けているわけが少しわかった気がする。

昨日と同じ駐車場に車を停めて、永遠の鐘へ・・・
門のようなモニュメントにある鐘を二人で鳴らし、海の向こうを眺める。
ロマンチックを絵に描いたような光景。
階段を降り、すぐ近くの鍵がいくつもかけてあるスポットに行ってみる。
そこにはクローバーが植えてあり、「四つ葉のクローバー発祥の地」という看板が添えてあった。
峻平くんと一緒に探してみると、本当にすぐに四つ葉のクローバーが見つかった。
看板にある通り、初めて見る五つ葉もある。
「あった!」「すごいなあ!」
四つ葉をひとつ、大切に摘み取り、私たちも鍵をかけようと、売店に行く。
歩きながらクローバーを眺め、
「四つ葉が縁起いいのは知ってたけど、葉っぱの形や中の模様が、ハート型に見えるのもあるね」
「ほんまや!聞いたことあるけど、『clover』の綴りの中には『love』が含まれてるんやんなぁ」
などなど盛り上がる。
昨日も会った峻平くんの友達に「また来たの?」と笑われながら、鍵を購入しつつ、
峻平くんが「伊良湖って四つ葉のクローバー発祥の地なんですか?」と質問した。
「そうらしいよ。この地域に住んどって、クローバーを研究しとる人がおるだけど、
その人が渥美半島の300ヶ所くらいの四つ葉のクローバーの株を集めて、
同じ条件で育てたらしいんだよ。
その中で、年間通じて四つ葉や五つ葉をつけて、成長を続けたのはたった一ヶ所の土のものだけで、
それが伊良湖の宮下だったんだって」
「宮下ってどこですか?」
「旧伊良湖神社のあったところ」
「すごいじゃないですか。その話って、本物のパワースポットですよね」
「俺も初めて聞いた時、驚いたよ。本当に伊良湖には土地の力があるんだと思うよ」
背景を聞くと、私が今持っているクローバーも一層すごいものに思えてくる。
私はバッグから手帳を取り出し、大切に挟んだ。
「願いのかなう鍵」からリニューアルされたという「しあわせの鍵」には、
丸い木製のプレートが付いていて、
永遠の鐘やクローバーのイラストが描かれている。
マジックを借りて、私たちはお互いの名前を書いた。
「好きだ」とか「つき合おう」とか言って始まった関係ではないのに、
恋人の儀式のようなことを一緒にしているのが不思議だった。
何か言葉を添えるほどの関係性はまだなく、ただただ七夕の短冊のように、
願いを込めるような気持ち……
その鍵を二人でかけることで、恋人気分が増していった。
 
帰りは夕陽がきれいだという、風力発電用の風車がたくさん並んでいる通りを走った。
初めて間近で見る風車は想像以上に大きくて、アニメ映画で見る未来都市のようだ。
海にも、風車の壁面にも茜色の夕陽が映り込み、
懐かしいような新しいような不思議な光景をつくり出していた。

日原いずみ

日原いずみ

1973年2月4日、愛知県渥美町(現 田原市)生まれ
早稲田大学卒業後、テレビ番組のAD、現代美術作家助手などを経て、
処女小説が講談社「群像」新人文学賞で最終候補作となったのを機に執筆活動を中心としている。
著書に『チョコレート色のほおずき』(藤村昌代名義:作品社)、『赤土に咲くダリア』(ポプラ社)がある。

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