恋路ヶ浜LOVEストーリー

伊良湖岬の先端にある雄大な浜辺には、万葉の時代から恋にまつわる様々な伝説があった。
その浜はいつしか「恋路ヶ浜」と呼ばれるようになった。
現代の恋路ヶ浜に舞い降りた、ある男女の縁結びの物語・・・

第10話「蔵王山 ~ Shunpei ~」

志寿香と過ごした時間は、ぼくの心をとても温めてくれた。
離れていても、彼女の存在のおかげで、日々をますますがんばれる気がする。
お金を貯めて、月に一度は会えるように、その日を楽しみにして過ごした。

9月はぼくが大阪に行った。
収穫したばかりの新米と野菜を持って行くと、彼女はとても喜んでくれた。

10月にはまた志寿香が田原市に来てくれた。
ぼくは、彼女とのデートに良さそうな場所を調べておくようになった。
今回は彼女の到着が午後2時過ぎだったので、豊橋駅まで迎えに行った後、
蔵王山に登り、夕陽と夜景を見る予定だ。

思ったよりも時間はかからず車で山頂に着き、まずは展望台の2階にあるカフェに入る。
田原の食材にこだわったお店のようだ。
二人とも少しお腹が空いていたので、メニューの中から「幸せスープセット」を選んだ。
ぼくが「真っ赤なトマトのミネストローネ」、彼女が「ほっこりかぼちゃのスープ」。
スープには、四つ葉のクローバーが浮かんでいる。
「このクローバーは、前回行った伊良湖のクローバーとつながりがあるらしいよ」
スープにサラダ、パン、ドリンクが付いたセット。
「これだけ付いて550円ってお得やなあ」と彼女が言う。
「そうだよね。ぼくも東京からここへ来て驚いたけど、
色々なものが美味しくて、しかも安いんだよね」
「産地ってすごいな」
彼女が感心したように言った。ぼくも渥美半島へ来てから、ずっと思っていたことだった。

セットを食べ終えると、カフェの片隅にあるワゴンの商品を色々見た。
田原授産所の人たちが製作した箸やお守りや絵馬が置いてある。
「見て!この箸『Happiness』って文字書いてるで」
桜と檜、杉でつくられた「しあわせ箸」に、
確かにHappinessという文字とクローバーが刻まれている。
ぼくは、彼女とおそろいで箸を二膳買った。
ワゴンのそばの戸口から外に出ると、「幸せの鐘」があった。
「この鐘と支柱の間から、夜明けとか、空気が澄んでいると、富士山が見えることもあるんだって」
秋の空気を吸い込みながら、周囲を見渡す。

蔵王山から見える風景は、空と海、自然や田畑、街、工場など、バランスがいいものだった。
東京や大阪の都心部の風景は、圧倒的に人工物が多く、手の届かない、よそよそしさを感じるけれど、
渥美半島は、自分たちの想像が及ぶ範囲の、顔の見える風景という気がする。
漠然と、ちょうどいい半島だなあと思う。
「前に出た勉強会で聞いたけど、現代人が今のままの暮らしを続けるには、
地球が2.5個分いるんだって。
ぼくは、それを1個分に戻せるような、そういう暮らしをしていきたいし、それを伝えていきたい」
ちょっと真面目な話だとは思ったけれど、かねてから考えていたことを志寿香に伝えた。
彼女は真剣な顔をして聞いてくれている。
「まだ理想ではあるけれど、農業を通して、
自然や地球の大切さを伝えたいという気持ちに迷いはないんだ。
ガチガチな方向へ行くつもりはないし、まだ未熟だけど、東京からここへ来て、
『これだ』というものを見つけられた気がする」

展望台の3階の体験フロアには、「たはらエコ・ガーデンシティ構想」の展示があり、
その上には新エネルギーの提案もあった。
まだまだ知らないことだらけだが、自分の思い描く未来と、田原市が向かおうとしている未来は重なるように思われる。

美しい渥美半島の写真の展示などを眺めて過ごした後は、外に出て、八合目にある愛染明王を目指した。

日原いずみ

日原いずみ

1973年2月4日、愛知県渥美町(現 田原市)生まれ
早稲田大学卒業後、テレビ番組のAD、現代美術作家助手などを経て、
処女小説が講談社「群像」新人文学賞で最終候補作となったのを機に執筆活動を中心としている。
著書に『チョコレート色のほおずき』(藤村昌代名義:作品社)、『赤土に咲くダリア』(ポプラ社)がある。

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