恋路ヶ浜LOVEストーリー

伊良湖岬の先端にある雄大な浜辺には、万葉の時代から恋にまつわる様々な伝説があった。
その浜はいつしか「恋路ヶ浜」と呼ばれるようになった。
現代の恋路ヶ浜に舞い降りた、ある男女の縁結びの物語・・・

第8話「再会~美味しいもの ~ Shizuka ~」

番組の放送は、友達と高知に旅行した最終日に、友達の家でキャーキャー言いながら見た。
電話では毎日話していて、お互い写真を送ったりはしていたけど、
画面を通して動いている峻平くんの姿を見られてうれしかった。

8月末。一ヶ月ぶりに田原へ行き、彼と再会した。
電話では違和感なく仲良く話せるのに、面と向かうと何を話したらいいのかわからず、ギクシャクしてびっくりだった。
でも、最初に連れて行ってくれた伊良湖の海が本当にきれいで、
大阪では見られない景色だし、会いたかった人と一緒に海を見ることで、田原に来たんだなあと実感した。

恋路ヶ浜の近くのお店で食べた大あさりは本当に美味しかった。
私は貝類が好きではなくて、最初は名物とはいえ、だいじょうぶかな~と恐る恐るだったけど、
新鮮で、くさみがないというよりうま味しか感じられず、感激した。
峻平くんのお友達に「すっかりなじんどるじゃん!」と言われて、照れくさかったけれど、
うれしかった。

その日は午後から畑のお手伝いをした。
Happinessあつみの畑だけではなく、峻平くんが手伝っているよその農家にも手伝いに行き、
その農家のお父さんお母さん、働きに来ている外国の人やお子さんの小学生たちと
わいわい言いながら簡単な作業をする。 
合間に畑の横になっている葡萄を食べさせてくれた。
甘くてとても美味しかった。

夜は、峻平くんがお世話になっている陽三さんがご馳走してくれることになっていた。
海の近くの店に行くと、座敷の一角で陽三さんがすでに座っていた。
「こんばんは」
「はじめまして」
初めて会った陽三さんは体格がよく、日に焼けて、少し恐そうに見えた。
でも、笑うとえくぼができて、かわいい。
伊良湖の魚介類や、渥美半島の野菜、渥美牛、渥美ポークなど地元産のものを食べられるお店で、
注文は陽三さんにお任せし、まずはビールで乾杯する。
観光客だけではなく地元の人たちもたくさん訪れるこの店では、お通しも料理も季節によって変化するらしく、
今日のお通しは「あらめと地豆の煮物」と生姜の佃煮だった。
どちらも伊良湖特有の家庭料理らしく、同じ渥美半島のお客さんでも驚く人がいるらしい。
「あらめにはオスとメスがあって、オスの方は表面がなめらかで、メスは表面にギザギザがあるんですよ」
と、女将さんが教えてくれた。
「千葉も産地だから落花生を茹でて食べたりするけど、この辺でも食べるんですね」
と、千葉に近い東京で育った峻平くんが言う。
次々に料理が運ばれてきた。
今が旬らしい渡り蟹、岩牡蠣、小アジの唐揚げ、太刀魚・・・
陽三さんが名前と食べ方を説明してくれる。
「渡り蟹は袴を取って、上の殻をめくって、半分に割って・・・
こうやって少しずつめくりながら、味噌と一緒に吸うと美味しいよ」
言われた通り、峻平くんと私で珍妙な顔をして食べてみる。
潮の香りがして、素朴で濃厚な味わい。
「この辺は、本当に新鮮でうまいものがいっぱいあるよ」
と、陽三さんがにっこりと笑った。
しばらく色々食べた後、陽三さんに
「今日はどこに行って来ただん?」と聞かれ、峻平くんが恋路ヶ浜と灯台の話をした。
「永遠の鐘だったか、幸せの鐘は?」と聞かれ、私はよくわからなかったけれど、
峻平くんが、「恋愛パワースポットって言われてるのは知ってたけど、いきなりはどうかと思って、行ってないです」と言うと、
「ダメじゃん!あそこで鐘鳴らして、鍵をかけておいでん。すぐ近くに四つ葉のクローバーもあるらしいよ。
志寿香ちゃんが大阪へ帰る前に行っておいでよ」
と半ば強引に勧めるので、二人して顔を見合わせ、「はい、行ってきます」と約束する。

その後、峻平くんと陽三さんとの間で、仕事やこれからの話になった。
峻平くんが観光農園を自分で始めたいことには迷いがないが、
このままこの半島でやっていくのかどうかためらいを口にすると、陽三さんが
「知り合いも増えてきたし、ここでやっていけばいいじゃん。俺も協力するし」
と背中を押した。
「彼女もできたことだし、がんばれよ!」
と酔った勢いで励まされ、渥美半島はまだ二度目の訪問ではあるけれど、ここでの暮らしを急速に意識し始めた。

少し緊張したけど楽しかった夕食を終えて、Happinessあつみのゲストルームに泊めてもらうことになった。
ファームステイに来る子供たちが泊まる部屋なので、広かった。

日原いずみ

日原いずみ

1973年2月4日、愛知県渥美町(現 田原市)生まれ
早稲田大学卒業後、テレビ番組のAD、現代美術作家助手などを経て、
処女小説が講談社「群像」新人文学賞で最終候補作となったのを機に執筆活動を中心としている。
著書に『チョコレート色のほおずき』(藤村昌代名義:作品社)、『赤土に咲くダリア』(ポプラ社)がある。

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