恋路ヶ浜LOVEストーリー

伊良湖岬の先端にある雄大な浜辺には、万葉の時代から恋にまつわる様々な伝説があった。
その浜はいつしか「恋路ヶ浜」と呼ばれるようになった。
現代の恋路ヶ浜に舞い降りた、ある男女の縁結びの物語・・・

第17話「伊良湖神社 ~ Shunpei ~」

粕谷家で、幸洋さんや美奈さん、お父さんお母さんのお話を聞き、特にお父さんから時々飛び出す名言に感心していた。
「子供はおばれた(おんぶされた)背中の温もりから、やさしさを覚える」
「家の中の障子はびりびりくらいが(子供に元気があって)ちょうどいい」など、
大家族で暮らしてきたからこその実感のこもった言葉に、渥美の昔ながらの生活っていいなあと思った。
ぼくのようなよそから来た者にも、顔を見れば、米はあるか?野菜はあるか?と気にかけてくれる地域の人たち。
志寿香のことを知り、彼女が大阪へ帰る前に野菜を届けてくれる人たち。
東京から渥美半島に初めて来た時、恋路ヶ浜で出会ったおじいさんが、都から逃れてきた男女の話をしてくれたけど、
きっと彼らも、伊良湖の人たちのやさしさにいっぱい助けられたんじゃないかなあと思う。

お父さんは、地元の歌人の糟谷磯丸に詳しく、
ぼくたちが灯台の近くの「いのりの磯道」で目にしたまじない歌についても教えてくれた。
昔の人は、星の位置で方角を見て、山や大きな石を目印として、船で伊勢神宮へ渡っていたとか、
伊勢神宮ともつながりのある伊良湖神社の話、「おんぞ祭り」や「ごせんだら祭り」の話も・・・。

菜の花まつり菜の花まつり

移転する前の旧伊良湖神社は、中央構造線上にあったのではないか、
という話を聞いたことがあり、お父さんの話もそれに重なっていく。
神社や仏閣が集まり、諏訪大社や豊川稲荷、伊勢神宮、天河大弁財天社、高野山、石鎚山等が結ばれるとされるライン。
伊勢神宮の内宮と富士山を結ぶ直線上に旧伊良湖神社はあったという話も。
恋路ヶ浜の「しあわせの鍵」のそばに植えてあるクローバーは、旧伊良湖神社のあった「宮下」が発祥とのことだけど、
インターネット上の話と、古くから伝わる話、クローバーの実証とが重なり合って、ゾクゾクわくわくしてくる。
「伊良湖って本当に力のある土地なんですね」
と伝えると、お父さんが思い出したように、
「ちょうど結婚前のカップルが集まってるから、縁結びの話をすると、
古い伊良湖神社には、ナギの木っていうこの辺では珍しい木があっただよ。
それを神社の移転の時にも植えようと、保美の人がこぼれた実を育てて、
今の神社にオスの木とメスの木と両方植えたんだって。
それが今ではちゃんと育っとるけど、どうしてそれが神社にふさわしいかと言うと、
葉っぱが切れにくいから、縁が切れない、縁結びの木とされとるらしいよ」
と話してくれた。
「神社でその木、見てみたいなあ」
と志寿香がぼくに言い、ぼくも興味があったので、
「伊良湖神社はここから近いんですか?」と聞くと、
「すぐだで、今から行ってみる?」とお父さんが乗り気になった。
お父さんのその勢いはいつものことらしく、お母さんや幸洋さんは苦笑いを浮かべているけど、
次から次へと回転よく飛び出すトークやふるさと愛に、
ぼくはこんなにおもしろい人が渥美にいるなんて、と感激していた。

歩ける距離らしいが、みんなで乗り合わせて、伊良湖神社に向かった。

日原いずみ

日原いずみ

1973年2月4日、愛知県渥美町(現 田原市)生まれ
早稲田大学卒業後、テレビ番組のAD、現代美術作家助手などを経て、
処女小説が講談社「群像」新人文学賞で最終候補作となったのを機に執筆活動を中心としている。
著書に『チョコレート色のほおずき』(藤村昌代名義:作品社)、『赤土に咲くダリア』(ポプラ社)がある。

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