恋路ヶ浜LOVEストーリー

伊良湖岬の先端にある雄大な浜辺には、万葉の時代から恋にまつわる様々な伝説があった。
その浜はいつしか「恋路ヶ浜」と呼ばれるようになった。
現代の恋路ヶ浜に舞い降りた、ある男女の縁結びの物語・・・

第16話「粕谷家ご訪問 ~ Shizuka ~」

結婚は外堀から埋められていく、と聞いたことがあるけれど、まさにそんな感じで、
自分たちだけの意志ではなく、周囲の思いやりや助言から、
まだ先だと思っていた峻平くんとの結婚が、ぐーんと近づいてきた。
私は病院の管理栄養士として仕事をしていて、大阪での日々の暮らしにも満足しているけれど、
早く田原市で峻平くんと一緒に暮らしたいなあと思うようになっていた。
海や山や穏やかな風景。きれいな花々や美味しい食べ物、温かい人々・・・
峻平くんと一緒に車に乗っていて地域の人たちに出会うと、みんな運転席から会釈をしてくれる。
どちらからともなく頭を下げてあいさつし合う。
その様子を初めて見た時は驚いたし、峻平くんも「人との距離感やコミュニティが都会とは違うよね」と感心していた。

お互いの話の中で、予定よりは早いけれど、
入籍をするのなら番組で出会ってちょうど1年の7月28日にしたいね、ということになった。
その少し前に大阪から田原市へ引っ越すことで話がまとまっていった。

6月、何度目かの田原市訪問で、同じお見合い番組に出て、結婚予定というカップルにお会いすることができた。
彼が幸洋さんで、彼女が東京出身の美奈さん。
お昼過ぎ、峻平くんの車で伊良湖にある粕谷家に向かった。

この地域に多い、母屋と離れの造りで、母屋の玄関からご挨拶すると、
まずお父さんが「こんにちは」と言って出てこられた。
通された左手の間に上がると、焦げ茶色の見事な格子戸が目に入った。

格子戸と胡蝶蘭

戸の前には立派なラズベリー色の胡蝶蘭が置いてあり、
背景との色の対比や、格子戸も花も造形が美しく、見入ってしまう。
振り返ると、幾何学模様のような欄間があり、思わず「素敵ですね」とお伝えすると、
「古い家だでね~」とお父さんがにっこり笑った。

お父さんの政行さんは、地元でも有名なおもしろくて頼りになる人のようで、
峻平くんも伊良湖のいろんな人たちから評判を聞いていた。
そこに幸洋さんと美奈さんがやってきた。
幸洋さんは大きくて頼もしそうな方で、美奈さんはくりっとした目が愛らしい、華奢できれいな方。
お父さん、お母さんも交えて、しばらくお話をした。
峻平くんと私の間にも大小様々な偶然や必然があったように、
幸洋さんと美奈さんの出会いやこれまでにもいろんなドラマがあったんだなあと思った。

欄間

話が深まる中で、お父さんが教えてくれた番組当日の話がおもしろかった。
「女の子たちの家庭訪問があるってテレビ局の人たちから聞かされて、
食事を20人分くらい用意しておくといいっていう噂があったもんで、うちも色々用意しとっただけど、
予定の9時過ぎても誰も来んから、幸洋ダメだったか~って思ったら、9人も連れてきて!・・・
その日は、隣の人はメロンを持って来てくれたし、料理屋さんは刺身とか盛り合わせてきてくれるし、
酒を持ってくる人も肉を持ってくる人も、野菜を持ってくる人もおって、大ごちそうだったよ。
それで、女の子たちが帰ってから、地元の人らで4時半まで飲んどった」
これには峻平くんも私も爆笑だった。
峻平くんは地元出身者ではないから、Happinessあつみのヒロさん夫妻が親代わりとして
迎えてくださったけど、地元の大家族は、あちこち落ち着かない夜だったんだなあと想像する。

お父さんはお嫁さんになる予定の美奈さんがかわいくて仕方がない様子。
近くに蛍を見せに行った話や、縁側でおばあちゃんと美奈さんが一緒に編み物をしていた様子など、
「年寄りの知恵を聞くことを楽しんでくれるからありがたいよね」とうれしそうに言う。
「学問は学校で身につくけど、知恵は経験から生まれるから伝承が大事だもんね」
と、楽しいおしゃべりの中で何気なく深いことをおっしゃる。
お母さんは鹿児島の出身だそう。遠方の奥さんは渥美半島では珍しいようだ。
「2代続けて遠くからお嫁さんがいらっしゃるんですね」と峻平くんが言う。
鹿児島出身のお母さん、東京出身の美奈さん、峻平くん、大阪出身の私が、伊良湖に集っている。
これから美奈さんも私も、渥美半島に嫁ごうとしている。
ふと、結婚式の定番ソングでもある、中島みゆきの「糸」の歌詞が頭に浮かんだ。
「あなた」と「私」を「糸」にたとえて、めぐり逢いの奇跡を歌った歌…

結婚って不思議だ。
自分が直面している状況でもあるけれど、目の前の粕谷家の二組のカップルや峻平くんと私のご縁や糸を思うと感動がこみ上げた。

日原いずみ

日原いずみ

1973年2月4日、愛知県渥美町(現 田原市)生まれ
早稲田大学卒業後、テレビ番組のAD、現代美術作家助手などを経て、
処女小説が講談社「群像」新人文学賞で最終候補作となったのを機に執筆活動を中心としている。
著書に『チョコレート色のほおずき』(藤村昌代名義:作品社)、『赤土に咲くダリア』(ポプラ社)がある。

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