恋路ヶ浜LOVEストーリー

伊良湖岬の先端にある雄大な浜辺には、万葉の時代から恋にまつわる様々な伝説があった。
その浜はいつしか「恋路ヶ浜」と呼ばれるようになった。
現代の恋路ヶ浜に舞い降りた、ある男女の縁結びの物語・・・

第3話「出逢い ~ Shizuka ~」

そのお見合い番組は、何度か見たことがあった。
田舎暮らしに憧れているので、いいな~と思いながらもいつも遠い場所で開催されていて、
応募するほどではなかった。

ある時の予告で、次の会場が愛知県田原市と知った。
海に囲まれた温暖な半島で、一年中花が咲いているような明るい雰囲気のところ。
行ってみたい・・・!

私が住んでいる大阪からもほど良い距離で、「出してみよかな~」と母に言い、
軽い気持ちで応募した。
その後、大阪のテレビ局に集められ、自己紹介用の動画を撮影し、
全国の応募者の中から選ばれた114人が田原市の本番へ行けることになった。
番組が用意した名古屋からのバスの中で、これから会う男性たちの自己紹介映像が流れる。
スタッフが紙を配り、「いちばん気に入った人の名前を書いてください」と言った。
私はまだぼんやりしていたものの、一緒に農業をやってくれる女性を探していた「吉田峻平くん」の名前を書いた。
さわやかで、とても真面目そうな印象。
父方のおばあちゃんの家に畑があり、幼い頃から自然と触れ合って育ったので、田舎暮らしをするのなら農業に興味がある。
それに、吉田くんが目指している農業体験施設では、自分の管理栄養士の資格も活かせるのではないか。
100名を超える女の子たちがどのくらい真剣な気持ちで参加しているのかわからないけれど、
バスが田原市に入り、会場に近づくにつれ、私は「ここに嫁ぐかもしらんねんなあ」と、なんとなく思っていた。

サンテパルクたはらでの、大人数のご対面は壮観だった。
タレントの司会者がいて、カメラも何台も回っていて、まるでお祭りみたい。
その後はまたバスで移動し、中学校の体育館で、回転ずし状態での全員対面があった。
一人一分ずつで、誰が誰だかわからないくらいだった。
実物の吉田くんは、写真や映像の印象より背が高くて日に焼けていて、かっこよかった。
目の前に座る時は少しドキドキしたけれど、時間が短か過ぎて、あっという間だった。
再びサンテパルクたはらに戻り、男性のプロフィールボードを前に、フリートーク。
気に入った男性の名前をまた紙に書いて、夜のお宅訪問となった。
吉田くんを希望したのは私を含めて5人の女性だった。

ログハウススタッフの車で吉田くんが住み込みをしている「Happinessあつみ」に着く。
ログハウスのようなカフェが併設されていて、中庭に緑が生い茂る素敵な空間。
建物に入ると、小学生くらいの子供たちが大勢で出迎えてくれた。
ファームステイに来ている子たちらしい。
中にはカラフルなマジックで、「よっしーのお嫁さんになってください!」と書いた紙を持っている子もいる。
カフェのテーブル席に吉田くんを囲む形で腰かけ、最初に施設長夫妻からお話があった後、
女性5人と吉田くんとの座談会のようになった。
どこの会場でも、ずっとカメラが回っているので、打ち解けて話すのがなかなか難しい。
「吉田さんは今は研修生だけど、これからはどんな風にお仕事をしていくつもりですか?」
女の子の一人が切り出した。サンテパルクでも出ていた質問だった。
「いずれ、自分でもここと同じように観光農園をやりたいと思っています。
でも、まだ準備に2、3年はかかると思うし、経済的にはきついと思うので、それでもいいと思ってくれる方にお願いしたいです」
女性陣に向けて調子いいことは言わず、一貫して同じように答えている吉田くんは誠実だと思う。
吉田くんが、「ファームステイに子供たちに来てもらいたいし、農業の良さを色んな人に知ってもらいたい」と言ったところで、
「私、子供のお世話得意です!」
と、水色のシャツを着た髪の長い子がアピールした。見ると名札には保育士と書いてある。
かと思えば、自己紹介の時「将来はキャビンアテンダントになりたい」と言う子もいて、
私がバスの中から考えていた「ここに嫁ぐかも」ということまで具体的に考えている子は少ないように見える。
それは、吉田くんもわかっているようだ。
私は特に自分をアピールするわけでもなかったけれど、緊張の初日を終えて、スタッフの車で宿に戻った。

夏休みシーズンの週末ということで、海に囲まれた渥美半島の宿はどこもいっぱいらしく、
案内されたコテージは改築中で、お湯がうまく出なかった。
そんな中、宿でもインタビューが続き、深夜一時過ぎ、ようやく眠りについた。

日原いずみ

日原いずみ

1973年2月4日、愛知県渥美町(現 田原市)生まれ
早稲田大学卒業後、テレビ番組のAD、現代美術作家助手などを経て、
処女小説が講談社「群像」新人文学賞で最終候補作となったのを機に執筆活動を中心としている。
著書に『チョコレート色のほおずき』(藤村昌代名義:作品社)、『赤土に咲くダリア』(ポプラ社)がある。

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